物価高と円安で進む研究費の実質目減り

試薬代も、学会に行く旅費も、海外の論文投稿料も上がっている。文部科学省の調査で、物価高や円安が研究現場を圧迫している実態が改めて浮かび上がった。

調査では、回答者の9割以上が「物価高などが研究活動に影響している」と答えた。研究費の金額だけを見ていても、現場で何が起きているのかは見えにくい。同じ予算でも、買える試薬が減り、参加できる学会が減り、支払える論文投稿料が重くなっているからだ。

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何が研究現場で起きているのか

文部科学省の科学技術・学術政策研究所、NISTEPは、日本の科学技術の状況変化を把握するため、国内の研究者などを対象に毎年意識調査を行っている。NISTEP定点調査2025は2025年9月から2026年1月にかけて実施され、2154名に対して1826名が回答した。回答率は84.8%だった。

その中で、物価高騰などが研究活動に与える影響を尋ねたところ、回答者の9割以上が「影響している」と回答した。影響を受けている費目は、立場や分野によって異なる。

自然科学の研究者では、実験で使う試薬などの「消耗品費」への影響が最も大きかった。人文社会科学の研究者では、学会参加などに必要な「旅費」が最も高かった。大学や研究機関などのマネジメント層では、「光熱費・設備維持費」と「人件費」を挙げる割合が高かった。

つまり、負担は特定の費目に集中しているわけではない。実験をする研究者、国内外の学会で発表する研究者、研究機関を運営する側のそれぞれで、違う形の圧迫が起きている。

なぜ「研究費が減った」より深刻なのか

今回の問題は、単に研究費の名目額が増えたか減ったかだけでは測れない。重要なのは、物価高と円安によって、同じ金額でできる研究の量が減っている点だ。

たとえば、実験に必要な試薬や機器の多くは、海外製品や海外サービスと結びついている。円安が進むと、ドル建てやユーロ建てで支払う費用は、日本円では重くなる。海外の科学雑誌に論文を投稿するための費用についても、円安の影響で5年前の1.5倍から2倍に高騰したという回答が寄せられている。

論文投稿料は、研究成果を世に出すための費用である。研究が終わっても、成果を発表する段階で費用が壁になれば、研究活動の最後の出口が狭くなる可能性がある。これは研究者個人の負担感にとどまらず、成果発信の重荷にもなりうる。

学会参加費や旅費の上昇も同じだ。学会は単なる出張ではない。研究成果を発表し、他の研究者から意見を受け、共同研究のきっかけをつくる場でもある。旅費が重くなれば、特に若手研究者や予算の少ない研究室ほど参加を絞らざるを得なくなる可能性がある。

研究費には「土台」と「挑戦」のお金がある

このニュースを理解するには、研究費には大きく分けて二つの性格があることを押さえる必要がある。ひとつは、研究室や大学が日常的な教育研究活動を維持するための基盤的な経費だ。人件費、光熱費、設備維持費、最低限の研究環境を保つためのお金がこれにあたる。

もうひとつは、研究者が研究テーマを申請し、審査を通じて獲得する競争的資金である。代表例として、科学研究費助成事業、いわゆる科研費がある。これは新しい研究に挑戦するための資金であり、本来は研究室を維持するための基礎的な費用をすべて賄うものではない。

ところが、物価高で基盤的な経費が実質的に目減りすると、競争的資金が試薬代、電気代、論文投稿料、旅費などの穴埋めに使われやすくなる。そうなると、本来なら新しい問いを立て、追加の実験や調査に使えるはずだったお金が、研究環境を維持するために吸収されていく。

これは「研究者が節約すれば済む」という話ではない。節約で対応できる範囲を超えると、実験回数を減らす、機器更新を先送りする、学会参加を控える、論文投稿の時期を考え直すといった判断につながる。ひとつひとつは小さく見えても、積み重なれば研究の速度や厚みに影響する。

予算増だけで解決するのか

国も対応策を示している。文部科学省の関連資料では、物価高騰や人件費上昇に対応するため、国立大学法人運営費交付金の増額が示されている。令和7年度補正予算では421億円、令和8年度予算案では188億円の増額などが挙げられている。

一方で、関連資料では、消費者物価指数が上昇するなかで国立大学法人運営費交付金の予算額が横ばいに近く、実質的に目減りしているとの説明もある。法定福利費、消費税改定、光熱水費、電子ジャーナル費などの増加を加味すると、実質約1900億円の減額に相当するとの見方も示されている。

ある大学の例では、教育研究に必要な光熱費が令和3年度の6.3億円から令和7年度見込みで10.5億円へ、約67%増加している。別の大学では、教員1人あたりの研究費が法人化時から実験系で約70%、非実験系でも約70%減った例も示されている。

このため、予算を一度増やせば解決するというより、物価変動に応じて研究現場の実質的な購買力をどう保つかが問われている。NISTEPは、研究を円滑に進められるよう、物価と連動した予算配分の仕組みづくりが求められるとしている。

これは研究者だけの問題なのか

研究費の圧迫は、一見すると大学や研究者の内部事情に見える。しかし、影響は研究室の中だけで終わらない。

新しい薬や材料、環境技術、情報通信、地域課題の分析、社会制度の研究などは、日々の地道な実験や調査の積み重ねから生まれる。試薬が十分に買えない、設備の維持が難しい、国際学会で議論する機会が減るという状況は、長い目で見れば社会全体の知的な基盤にも関わる。

特に円安の影響は、日本の研究現場に重くのしかかる。海外製の試薬、研究機器、ソフトウェア、電子ジャーナル、論文投稿料は、国内だけで価格を決められないものが多い。海外との接点が多い研究ほど、為替の変動を受けやすい。

一般の生活でも、同じ給料で買えるものが減れば実質的な生活水準は下がる。研究費でも同じことが起きている。予算書の数字が同じでも、研究に使える力は同じではない。

研究力を見る目を少し変える必要がある

日本の研究力をめぐっては、論文数や大学ランキング、国際競争力がよく話題になる。もちろん、それらは重要な指標だ。ただし、その数字の背後には、試薬を何本買えるか、電気代をどこまで負担できるか、若手研究者が学会に行けるか、論文投稿料を払えるかという日常的な条件がある。

研究成果は、突然生まれるものではない。研究者の能力や努力だけでなく、研究を続けられる環境によって支えられている。物価高と円安が削っているのは、単なる経費ではなく、その環境の厚みだ。

研究費を考えるとき、金額の多い少ないだけでは足りない。いま必要なのは、研究現場が実際に何を買え、何を続けられ、何を諦めざるを得ないのかを見ることだ。研究力を考えるうえで、こうした日常的な制約も見落とせない。

(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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