2026年4月3日、ミャンマーで軍政トップだったミン・アウン・フライン氏が新大統領に選ばれた。だが、これを民政復帰の始まりとみる向きは少ない。欧米諸国や国連の専門家の間では、今回の動きは軍支配を制度の内側に収め直し、民主主義の外形をまとわせたものだとの批判が強い。2021年のクーデターから5年がたっても、内戦と人道危機はなお収束していない。
5年前のクーデターが残したもの
2021年2月1日、ミャンマー軍はクーデターを起こし、アウン・サン・スー・チー氏らを拘束して実権を掌握した。前年の総選挙では、同氏が率いる国民民主連盟(NLD)が大勝していたが、軍は不正選挙を主張して結果を受け入れなかった。
その後、民主化を求める抗議デモは武力で弾圧され、市民の一部は武装抵抗に向かった。各地の少数民族武装勢力も加わり、戦闘は全国に広がった。UNHCRによると、2024年末時点でミャンマー国内の避難民は350万人に達している。今回の大統領選出は、そうした内戦と大量避難が続く中で行われた。
段階実施の選挙の先にあった大統領選出
今回の政権発足の前提になった総選挙は、2025年12月から2026年1月にかけて段階的に実施された。しかし、反軍政勢力が強い地域では投票の実施自体が難しく、主要野党もほぼ排除された。国連人権理事会が任命したミャンマー人権状況特別報告者トム・アンドリュース氏は、この選挙について、自由、公正、代表性の基本条件を欠くものだと批判していた。
2月公表のOHCHR Myanmar Team年次更新も、軍主導の選挙が自由、公正、代表性の基本要件を欠き、暴力と社会の分断を深めたと指摘している。形式上は議会と大統領選出の手順を踏んでいても、選挙の土台そのものに強い疑義がついている構図だ。
なぜ「民政移管」とは言いにくいのか
民主主義の選挙は、投票が行われただけでは成立しない。野党が参加できること、候補者が拘束されていないこと、報道の自由が確保されていること、軍による威圧がないことが前提になる。今回のミャンマーの選挙は、そうした条件をほとんど満たしていない。
加えて、権力の実態にも大きな変化は見えにくい。主要報道によると、ミン・アウン・フライン氏が大統領に就いた一方で、国軍最高司令官には側近のイェ・ウィン・ウー将軍が就いた。肩書は変わっても、軍を中心とする支配構造が温存されたと受け止められている。今回の動きを民政移管ではなく、軍支配の制度化とみる見方が広がるのはこのためだ。
大統領誕生でも内戦が終わらない理由
「大統領」が誕生しても、戦闘停止に直結する材料は乏しい。ミャンマーの内戦はいまや単純な政権対反対派ではなく、軍政、民主派武装勢力、市民防衛隊、少数民族武装勢力が絡み合う複合的な戦争になっている。
軍は都市部や幹線インフラを押さえる一方、国境地帯や山岳地帯では少数民族武装勢力の影響力が強い地域が多い。選挙が十分に実施できなかった地域が広く残ったこと自体、軍政の統治が全国に及んでいない現実を示している。主要メディアがおおむね一致しているのは、今回の政権発足だけで内戦収束に向かうとは考えにくいという点だ。
国際社会の反応が割れる理由
今回の大統領選出に対し、欧米諸国や国連人権機関は批判的だ。選挙の正統性に疑義がある以上、新政権をそのまま承認すれば軍支配の固定化を後押ししかねないとみている。
一方、中国はより現実主義的な姿勢を見せている。2026年4月3日の中国外務省定例会見では、毛寧報道官が新大統領就任への祝意を表明した。中国はミャンマーと国境を接し、治安や物流、資源ルートの安定を重視するため、現に統治権を持つ政権との関係維持を優先しやすい。
日本政府は、1月30日の外務大臣声明で、被拘束者の解放、真摯な対話、暴力の停止といった政治的進展が選挙前に実現しなかったことを遺憾としたうえで、引き続き情勢改善を働きかける姿勢を示した。正面から祝意を示すのでも全面承認を与えるのでもなく、政治的進展を求めつつ人道支援を続ける立場だ。
「大統領」就任の先にあるもの
ミン・アウン・フライン氏は、クーデターを主導した軍トップから、いまや大統領という肩書を持つ立場に変わった。だが、国際的な正統性が十分に確立したわけではなく、国内の戦闘も続いている。この政権発足が安定への転機になるより、むしろ対立の長期化を制度面から固定する方向に働くのではないかという警戒は強い。
ミャンマーの問題は、単なる政権人事では終わらない。数百万人の避難民、拘束が続く政治指導者、市民を巻き込む内戦、そのすべてが現在進行形のままだ。今回の「大統領」就任が意味するのは、軍政が終わったことではなく、軍支配が別の形で続く可能性が高まったという現実に近い。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

