「また値上がりするの?」という感覚が、日本の食卓に定着しつつある。
2026年4月、食品メーカーが値上げを予定している品目数が2798品目にのぼることが、民間調査会社の帝国データバンク(TDB)の集計で明らかになった。2000品目を超えるのは2025年10月以来だ。マヨネーズやドレッシングなどの調味料が1514品目で最も多く、次いで即席麺やカップスープなどの加工食品が609品目、ウイスキーや焼酎などの酒類・飲料が369品目と続く。
だが、「4月に2798品目」というニュースを表面で受け取るだけでは、今の物価高の本質を見誤るかもしれない。数字の後ろにある「値上げの構造変化」こそが、家計に長く響く問題だ。
「前年より少ない」のに、なぜ家計は苦しいのか
まず、数字の文脈を正確に押さえたい。
TDBの統計では、2026年1月から4月の食品値上げ予定は累計3593品目で、平均値上げ率は14%。一見大きな数に見えるが、2025年の同時期は6121品目だった。件数ベースで比べると、今年の前半は前年より約4割少ない。
それでも多くの人が「物価高は終わっていない」と感じるのはなぜか。
総務省統計局が2026年3月24日に公表した2026年2月分の消費者物価指数(CPI)を見ると、生鮮食品を除く総合が前年同月比1.6%上昇、生鮮食品及びエネルギーを除く総合では2.5%上昇している。品目数が前年より減っていても、価格水準そのものは上がり続けている。それが数字の読み方だ。
値上げされた商品の価格は、その後下がることはほとんどない。「今年の波が前年より小さい」ことは、物価水準が前年より下がったことを意味しない。波が積み重なるたびに、新しい「高い水準」が当たり前になっていく。こうして値上げが「常態化」していく。
値上げの「主役」が変わった
もう一つ重要なのは、何が価格を押し上げているのかという要因の変化だ。
TDBのデータによると、2026年の値上げ要因は「原材料高」が99.9%と最多だが、次いで「包装・資材」が81.3%、「人件費」が66.0%、「物流費」が61.8%と続く。「円安」を要因に挙げた企業は1.6%にとどまる。
2022年から2024年にかけての値上げラッシュでは、円安と輸入原材料の高騰が前面に出ていた。日本円の価値が落ちれば、輸入コストはほぼ直接に製品価格へ跳ね返る。為替の問題であれば、円安が落ち着けば値上げ圧力も収まるはずだという期待もあった。
ところが2026年は、円安の影響が後退した分、国内側のコスト上昇が主役の座を占めている。人件費は企業が採用競争に勝つために下げにくく、物流費は2024年問題を受けた構造的な上昇が続く。包装資材も大きな押し上げ要因で、容器やトレーなどの資材価格はエネルギーや素材コストの影響を受けやすい。これらは為替のように短期で反転しにくい「粘着性の高いコスト」だ。円高になっても、すぐには物価が下がらない理由がここにある。
中東情勢は「今すぐ全面反映」ではなく「夏以降に遅れて効く」
イラン情勢の緊迫化について、今後の食品価格への影響を考えるうえで誤解しやすい点がある。
TDBの調査では、2026年7月までに値上げが予定されている食品について「イラン情勢の緊迫化に伴う影響はまだ見られない」とされている。少なくとも現時点で公表済みの4月値上げの主因は、中東情勢の直撃というより、既存の原材料高や物流費、包装資材、人件費の上昇とみるのが自然だ。
では、中東情勢の影響はいつ出てくるのか。米エネルギー情報局(EIA)によると、中東での軍事行動が始まった後、ブレント原油は2026年2月27日の平均71ドルから3月9日に94ドルへ上昇した。この原油高は、食品価格へはいくつかのルートを通じて遅れて波及する。
ルートの一つは物流費だ。ガソリンや軽油の値上がりは運送コストに転嫁され、数か月後に食品の納入価格に乗ってくる。もう一つは包装資材だ。容器や袋、トレーに使う資材はエネルギーや素材価格の影響を受けやすく、値上がりが後から表れやすい。さらに輸入原材料の買い付けコストや、農業に使う肥料・飼料なども、数か月のタイムラグを伴って食品価格に反映される。

NHKによると日本総合研究所の小方尚子主任研究員は、中東情勢が長引いた場合、6月から7月にかけて値上げする企業が増え、9月から10月ごろにも広がる可能性があると指摘している。情勢が落ち着いても、コスト上昇分を吸収しきれなかった企業のタイムラグが残り、値上げ件数の多い状態が続くおそれがあるという見立てだ。
現場のスーパーが感じていること
一方、すでに小売りの現場には緊張感が漂いはじめている。
埼玉県上尾市のスーパー「まるたけ」では、1人あたりの購入点数が2026年2月に前年同月比2%減少するなど、消費者の節約志向が依然として根強い。3月に入り、取引先の卸売会社から商品の値上がりや供給が不安定になる可能性について通知を受けたという。 出典:NHK記事
その対策として同店は、総菜パックをやめてばら売りに切り替えるなど、資材コストを削る工夫を始めた。商品部長の高橋賢介氏は「出口が全く見えない状況。これまでの原材料高や人件費に加え、イラン情勢という要素が加わり、将来的にも不安だ」と話している。
品目数の「読み方」を知っておく
最後に、TDBの品目数統計そのものの性格についても補足しておきたい。
TDBが集計する「値上げ品目数」は、食品メーカーの発表ベースで集計されるもので、同じ商品が年内に複数回値上げされた場合はそのたびに計上される。また、価格は据え置いたまま内容量を減らす「実質値上げ」も集計対象に含まれる。つまり、品目数が多くても少なくても、家計が受け取る実際のコスト増は品目数だけでは測れない。
「2798品目」という数字は、「今月はこれだけの商品の値段が上がる」という目安として読むのが適切で、「去年より少ないから大丈夫」とも「大変な数だ」とも一概には言えない。数字の前後の文脈とあわせて読むことが必要だ。
まとめ——件数減でも物価高が終わらない3つの理由
今の食品価格を整理すると、次の3点が見えてくる。
- 件数は前年より少ないが、価格水準は上がり続けている。CPIが示すのは、値上げの山が小さくなっても、家計の負担が軽くなったわけではないという現実だ。
- 円安が落ち着いても、人件費・物流費・包装資材という国内コストが粘着的に残っている。値上げの主役は、輸入コストだけではなくなっている。
- 中東情勢の影響は、今すぐ全面反映ではなく、夏から秋にかけて遅れて波及する可能性がある。いま見えている数字と、これから来るコスト上昇は時間差で現れる。
注目点は、国内コストの高止まりがどこまで続くか、そして原油高の影響が夏以降の食品価格にどの程度転嫁されるかだ。4月の2798品目は単月のニュースとして大きいが、本当に見るべきなのは、値上げが一時的な波ではなく、下がりにくい構造へ移っていることなのかもしれない。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

