フィリピンが国家エネルギー非常事態を宣言──中東依存の脆さが浮き彫りに

イランをめぐる紛争が激化した3月、フィリピン政府はあまり耳慣れない言葉を使い始めた。「国家エネルギー非常事態」──。3月26日には日本から購入した軽油14万2000バレルがマニラに到着し、政府は「危機に対応できている」と強調した。だがこの数字は、フィリピンが今後確保しようとしている約100万バレルの15分の1に過ぎない。日本からの調達はあくまで入口にすぎず、危機の全体像はもっと大きい。

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なぜ今、フィリピンがエネルギー危機に直面しているのか

フィリピンは石油輸入の大半を中東に依存している。イランをめぐる緊張が高まり、ホルムズ海峡やその周辺で供給不安が広がると、直撃を受けやすい構造にある。さらにフィリピンは、日本のような大規模な国家石油備蓄を持たない。平時の在庫が薄いため、供給が細り始めると「何日分をどこから持ってくるか」がただちに政治問題になる。

3月、マルコス大統領は大統領令110号(EO110)に基づき「国家エネルギー非常事態」を宣言した。これは単に「燃料が高い」という声明ではなく、非常時の政策対応を総動員する枠組みだ。政府はこの宣言を土台に、価格監視や節油、調達・配分調整を加速させる即応体制へ移ろうとしている。

「軽油の緊急調達」が意味すること

今回フィリピンが動いたのは原油ではなく、完成品の軽油(ディーゼル)だった点が重要だ。

平時は原油調達を軸に回るが、供給が逼迫したり精製余力が追いつかない局面では、各国はすでに精製が済んだ完成品の燃料を直接買い付けに行く。今回フィリピンが日本・マレーシア・シンガポール・インドなどアジア域内から軽油を緊急調達しているのは、そのパターンだ。原油市場だけを見ていると見逃しやすいが、こうした「完成品の争奪戦」こそが、危機時のエネルギー供給の実態をよく表している。

軽油(ディーゼル)は、ガソリンと比べても社会への影響が広範に及ぶ。トラックや乗り合いバス(ジープニー)の燃料であり、停電時の発電機にも使われ、農業機械にも不可欠だ。軽油が不足すると、物流・公共交通・農業・電力が同時に圧迫される。

暮らしはすでに悲鳴を上げている

政府の調達発表より先に、危機は「生活」として現れていた。ガーディアン紙は3月31日、マニラの交通労働者が燃料高で収入を削られ、生活が急速に悪化していると報じた。フィリピンの都市交通を支えるドライバーたちは、燃料費の上昇分を運賃に転嫁しにくく、手取りが減り続けているという。

政府もこの問題を認識しており、EO110のもとで立ち上げたUPLIFT(Unified Package for Livelihood, Industry, Food and Transport)という枠組みでは、エネルギーを生活・産業・食料・輸送と一体の問題として扱い始めた。「エネルギー危機」を燃料の需給問題だけに矮小化せず、都市生活・低所得層の家計・食料流通まで含めた横断的な対策に位置づけている点が、今回の非常事態宣言の特徴だ。

政府の目標と現実のギャップ

政府は4月にかけてマレーシア・シンガポール・インドなどからも軽油を調達し、合計約100万バレルを確保する見通しとしている。ただしフィリピン国営石油会社(PNOC)は3月18日時点で、最大200万バレルのディーゼル確保を目標に動いていたとフィリピンの有力紙フィルスターが報じていた。100万バレルという数字は最終目標ではなく、当面の見通しに過ぎない可能性がある。

また政府はEO110に基づき、輸送・産業部門向けに一時的に規格要件を緩和した燃料の使用を認める措置も打ち出した。これは単なる価格高への対応というより、「通常仕様の燃料を安定して確保できない」という供給制約への対応でもある。

危機は他人事ではない

今回のフィリピンの危機は、日本を含む多くのアジア諸国にとっても対岸の火事ではない。中東への依存度と、国内の備蓄量・精製余力の差が、エネルギー危機の際の「生き残り余地」の差になる。日本は国家石油備蓄制度によって原油・石油製品の一定量を常時確保しているが、それが十分かどうかは有事の規模次第だ。

フィリピンの姿は、備蓄の薄い国がエネルギー供給の揺らぎに直面したとき何が起きるかを、先行して見せているともいえる。「中東情勢が不安定化したとき、アジアでまず困る国はどこか」という問いを、危機の最前線で先に突きつけている。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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