
3月27日、ブッシュ政権でホワイトハウスのエネルギー担当顧問を務めたボブ・マクナリー氏がNHKの取材に応じ、「エネルギー供給の史上最大の混乱だ」と述べた。見出しの衝撃は大きい。だが、この発言の本質はその数字の大きさではなく、「市場はもうトランプ大統領の言葉を素直に信じていない」という警告にある。
ホルムズ海峡が止まると何が起きるのか
ホルムズ海峡とは、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ幅約50キロの狭い水路だ。アメリカ・エネルギー情報局(EIA)によれば、平時には世界の石油需要の約2割、海上を運ばれる石油の約4分の1がここを通る。カタールが輸出する液化天然ガス(LNG)も大量にこの海峡を経由しており、原油・ガス・石化原料・肥料など、エネルギー関連の幅広い物資が集中する「世界最重要の海上通路」のひとつだ。
現在この海峡は、2026年2月末に始まったアメリカとイスラエルによる対イラン軍事作戦を受けて、通常の商業通航は事実上封鎖に近い状態が続いている。国際海事機関(IMO)は3月1日と6日の声明で、民間船への攻撃や船員の死傷、湾内に取り残された約2万人の船員への懸念を表明した。国際エネルギー機関(IEA)の3月版報告書は、通過流量が「trickle(わずかな細流)」レベルにまで落ちていると記述している。
「2割減」という数字を正確に読む
マクナリー氏は「世界に供給される原油や天然ガスが2割程度減少した」と述べた。この数字は衝撃的だが、慎重に読む必要がある。
ホルムズ海峡を通る量が急減しても、それがそのまま世界供給の2割減を意味するわけではない。在庫の放出、パイプラインによる迂回、他地域の増産といった代替手段が一部機能するからだ。IEAの報告書を見ると、「海峡を通る流量がほぼ止まった」「IEAは世界の石油供給が3月に約800万バレル/日規模で減少すると見込んでいる」「中東では少なくとも1,000万バレル/日の生産が停止・抑制されている」という複数の現象が積み重なった結果として、大規模な供給混乱が起きている。
要するに「ホルムズが止まった」「世界供給が2割減った」は同じ事象の言い換えではない。IEAもEIAも、ホルムズを完全に代替できる迂回能力は存在しないと見ており、「全部止まるわけではないが、大きな穴は埋まらない」という理解が実態に近い。
トランプ大統領の発言が効かなくなった理由
マクナリー氏の発言でより重要な部分は、「市場関係者はトランプ大統領の発言の信頼性に疑問を持ち始めており、大統領が期待するほどの効果はもはやなくなっている」という指摘だ。
これまでの流れを振り返ると、トランプ大統領が停戦や協議の進展を示唆するたびに原油価格が一時的に動いてきた。だが実物流、つまりタンカーの通行、保険の付与、船員の確保、港湾の再稼働といった現実の条件は回復していない。この繰り返しの中で、市場の注目は大統領の発言から「海峡がいつ、どのように物理的に再開するか」へと移っている。
エネルギー市場では、言葉よりも「本当にタンカーが動けるか」「保険が付くか」「破壊されたインフラが使えるか」といった実務的な条件が最終的に価格を動かす。現時点でその確認ができない以上、言葉だけでは市場が納得しにくい構造になっている。
「海峡が開けば終わり」ではない
マクナリー氏が示した最善シナリオは「早期停戦とホルムズ海峡の完全開放、それにより夏までに供給が回復する」というものだ。だが最悪シナリオとして、「海峡が開放されたとしても、エネルギーインフラが破壊された場合は数か月から数年にわたる壊滅的な供給喪失に陥るおそれがある」とも指摘した。
IEAの損傷評価を踏まえると、まったく根拠のない警告とは言いにくい。IEAの報告書は、中東で40か所前後の主要エネルギー施設が深刻な損傷を受け、日量300万バレル超の精製能力が停止していると指摘している。停戦が成立したとしても、船会社が航行再開を判断するまでの時間、戦争保険料が正常水準に戻るまでの時間、破壊された施設の復旧にかかる時間が別途必要になる。
つまり、今回の危機の構造を整理すると、ホルムズ海峡の再開は問題解決の「必要条件」ではあっても「十分条件」ではないということだ。
何を見れば状況が分かるのか
マクナリー氏の発言を踏まえると、この危機を読む上で注目すべき指標は次のように整理できる。
まず、海峡の通航実態——海運・市場情報機関が追う実際の通航量だ。宣言ではなく物理的な変化がここに現れる。
次に、保険市場の動向——戦争リスク保険料が正常化しない限り、船会社は自発的に動かない。
そして、エネルギー施設の復旧状況——精製設備やLNG基地が使えない状態では、海峡が開いても供給は戻らない。
トランプ大統領が何を言うかより、これらの「実物の条件」がどう変わるかが、今後のエネルギー価格と経済への影響を左右するとみられる。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

