イラン情勢が混迷する中、高市早苗総理大臣とトランプ大統領の首脳会談が3月19日、ワシントンで行われた。日本政府は「会談は成功裏に終わった」と受け止めているが、その実態は何を「得た」かよりも、何を「約束せずに済ませたか」に注目するほうが、今回の会談の本質に近づける。
なぜ今、ホルムズ海峡が日本の問題なのか
今回の会談で最大のテーマとなったのは、中東のホルムズ海峡をめぐる情勢だ。ホルムズ海峡とは、ペルシャ湾から外洋へと抜ける幅約50キロの水道で、中東産の原油とLNG(液化天然ガス)がアジアへ向かう主要ルートだ。日本はエネルギーの中東依存度が非常に高く、この海峡の通航が不安定になるだけで、ガソリン価格や電気料金、化学製品のコストまで連鎖的に上昇する。
米国とイスラエルの対イラン攻撃が続く中、イランはタンカーへの攻撃や機雷の敷設などにより、ホルムズ海峡の通航を著しく困難にしており、大きな影響力を維持している。これは日本にとって「遠い戦争」ではなく、エネルギー安全保障と国内物価を直撃する問題だ。
会談直前、トランプ大統領は日本をはじめ各国に対し、ホルムズ海峡に艦船を派遣するよう圧力をかけた。フランスのマクロン大統領が「われわれがこの戦争を選んだわけではない」と突き放す中、日本はどう対応するのかが焦点となった。
日本が「打てる手はほぼない」と認識していた理由
結論から言えば、日本政府の内部では訪米直前の段階で、「現状で打てる手はほぼない」という認識が共有されていた。なぜか。
自衛隊の艦船がホルムズ海峡に向かい、機雷の掃海や船舶の護衛にあたれば、戦闘が続く中でイラン側から「米軍と一体の交戦相手」とみなされ、攻撃を招きかねない。そしてこれは、日本の法律では「武力行使との一体化」にあたる可能性が高く、憲法上も実施が困難だ。
一方で、「何もしない」と言い切れば、日米同盟に亀裂を生じさせるリスクがある。日本政府が選んだのは、「できることとできないことを丁寧に説明する」という戦略だった。
「したたかな外交」の中身
今回の会談で高市総理大臣は、冒頭から「私は世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思う」と述べた。この発言には批判的な声もあるが、政府関係者はその意図をこう説明している。「攻撃を続けるも停戦するも大統領次第という含意があり、早期の停戦実現を促したもの」だというのだ。
そして続く「諸外国に働きかけて、しっかりと応援したい」という発言で、軍事的な関与ではなく、外交・国際連携の面でサポートするという立場を伝えた。
高市総理大臣はその後、日本が「法律上できることとできないこと」を具体的に説明したとされる。詳細は明らかにされていないが、政府関係者によれば、戦闘継続中の機雷掃海は武力行使に当たる可能性があるが、停戦が実現すれば「遺棄機雷」として自衛隊が除去する余地があるといった内容とみられる。日本政府は、この説明によりトランプ大統領から具体的な派兵要求は受けず、現時点での自衛隊派遣の見送りについて一定の理解を得たと受け止めている。
ただし、AP通信の報道によれば、トランプ大統領が公開の場で「真珠湾」に言及するなど、会談の雰囲気はかなり緊張感を帯びていたとされる。APは今回の会談を「日本が同盟を壊せないが、憲法と国内政治の制約で米軍型の軍事参加はできない」というジレンマが浮き彫りになった場と位置づけている。
一方で進んだ経済安全保障の合意
軍事的な約束が難しい中、経済・産業面での日米協力が前面に打ち出された。
重要鉱物分野では、3月19日にUSTR(米国通商代表部)が「日米重要鉱物行動計画」の発効を正式に発表した。レアアース、リチウム、銅といった重要鉱物は、電気自動車(EV)や半導体、防衛装備、送電網などに不可欠な資源だ。中国がその供給において強い地位を持つことから、日米はともに中国への依存を減らしたい事情がある。今回の行動計画では、米国内での重要鉱物の共同開発や、価格が一定水準を下回らないよう支える「最低価格制度」の導入目標などが盛り込まれた。
投資面では、GEヴェルノバと日立が米国内で次世代型の小型原子炉(SMR)を建設するプロジェクトを含む大型案件が、AP通信でも具体的な成果として報じられている。また国内報道では、総額11兆円を超えるとされる3案件が第2弾候補として挙げられているが、その詳細については今後の公表を待つ必要がある。「日本が軍事を直接約束しない代わりに、経済安全保障で日米協力を見せる」という構図は、今回の会談の基本戦略と一致している。
対中政策——公表ベースでは存在感が薄かった議題
当初、日本政府が今回の首脳会談で重視していたのは、中国問題のすり合わせだった。3月末に米中首脳会談が行われる見通しがあり、トランプ大統領が習近平国家主席に台湾問題などで安易に譲歩しないよう、事前に日米間で意思統一を図る狙いがあったからだ。
ところが、公表ベースでは対中政策の比重は見えにくく、実際の議論はイラン情勢が中心だったとみられる。日本政府が発表した外務省の広報文にも、台湾問題に関する記述はみられない。
英シンクタンクのチャタムハウスは、日本にとって本当の問題は中東危機そのものより、「米国の関心と戦力が中東に吸われることで、インド太平洋の抑止力が揺らぐこと」だと指摘している。首脳会談の水面下では中国こそが本来の課題だったとも読め、その議論の機会がイラン情勢によって狭められた可能性がある。
「しのいだ」だけでは終わらない
今回の会談について、日本政府内では「成功裏に終わった」という受け止めが広がっている。高市総理大臣が戦略的な言葉を使いながら同盟の破綻を避けたことは事実だ。しかしその実態は、「大成功」というよりも「最悪の衝突を回避しながら時間を稼いだ」と見るほうが正確かもしれない。
一つの課題は、アメリカのイラン攻撃が国際法に違反しているという指摘が各方面からある中で、高市総理大臣がその評価を避けたことだ。これは、日米同盟を優先するための選択だったとされるが、「法の支配」を旗印に中国を批判してきた日本の立場との整合性について、ダブルスタンダードとの批判を招く可能性がある。
もう一つの課題は、中東危機が長期化した場合だ。今回は「一度しのいだ」が、次に圧力がかかったとき、同じように切り抜けられるとは限らない。米中首脳会談が延期される見通しになったことで、対中政策のすり合わせという本来の課題も持ち越された。高市首相の「したたかな外交」が、次の局面でどこまで有効かが問われることになる。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

