過去最大の備蓄放出でも足りないかもしれない——IEAが示した「長期戦の緩衝材」という苦い現実

国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長が、強い言葉で現状を語った。「今の供給喪失は、過去2回の石油ショックを合わせた量より多い」。そのうえで、必要なら備蓄をさらに放出する用意があると明言した。

しかしこの発言は、安心材料というより、危機がまだ長引くという警告として読んだほうが実態に近い。


目次

「1970年代の石油危機より深刻」とはどういうことか

1970年代に起きた2度の石油危機は、世界経済を揺るがした歴史的な事件だ。第1次(1973年)はアラブ諸国による禁輸が引き金となり、第2次(1979年)はイラン革命と続くイラン・イラク戦争が重なった。どちらも日本やアメリカで深刻なインフレや物資不足を招いた。

ビロル事務局長が「この2回を合わせた量より多い」と述べたのは、現在の中東情勢による石油供給喪失が、1日あたり1100万バレルに達しているためだ。また、中東9か国の少なくとも40か所のエネルギー関連施設が深刻な被害を受けており、「戦争前の通常の稼働能力を回復するには、ある程度の時間がかかる」と指摘した。

IEA自身も3月版の石油市場リポートで、今回の供給障害を「石油市場の歴史上最大の供給混乱」と位置づけている。IEA自身は、今回を石油市場史上最大級の供給混乱と位置づけている。


3月11日の「過去最大の放出」は何のためだったのか

IEAは3月11日、加盟32か国が協調して4億バレルの石油を市場へ供給することで合意した。これは過去最大規模の協調放出とされている。

備蓄放出とは、各国がいざというときのために積み立てておいた石油在庫を、市場へ出す対応だ。新たに石油を掘り起こすのではなく、あらかじめ貯めていた分を使う。このため、一時的な価格上昇や物不足を和らげる効果はあるが、根本的な供給不足を解消するわけではない。

ではなぜ、その4億バレルの放出が決まった直後に、「さらに出す用意がある」という発言が出てきたのか。

答えはシンプルで、4億バレルでは足りないかもしれないからだ。単純計算では、日量1100万バレル級の供給障害が続けば、4億バレルでも数週間から1か月強の緩衝材にとどまる。IEA自身もこの放出を「重要かつ歓迎すべき緩衝材」としながら、「迅速な解決がなければ一時しのぎにすぎない」と冷静に評価している。


「次の放出」はいつ、どう決まるのか

ビロル事務局長は追加放出の判断基準について、「具体的な価格水準には言及しない。各国政府と協議し、市場を見極めたうえで行動する」と述べた。

つまり、自動的に動くルールが決まっているわけではなく、状況を見ながら判断するという姿勢だ。これは一見慎重にも見えるが、裏返すと「市場が再び混乱すれば出動する」というシグナルを市場へ送ることで、過度な価格急騰を抑える効果もある。

ただし、備蓄は無限ではない。IEAの試算では、加盟国全体の観測在庫は82億バレル超あり、うち政府保有の緊急備蓄は12.5億バレルとされている。追加放出の余力は存在するが、それにも限りがある。


備蓄放出では解決しない「本当の問題」

もう一つ押さえておきたいのは、備蓄放出はあくまで時間を稼ぐ手段であって、危機の根本原因を取り除くものではないという点だ。

今回の供給障害の核心は、ホルムズ海峡を通る石油・天然ガスのフローが大幅に細ったことにある。ホルムズ海峡はペルシャ湾の出口にあたる狭い海峡で、中東産の原油・LNGの多くがここを通って世界へ向かう。この海峡が機能しなくなることで、輸送コストの上昇、保険料の高騰、タンカーの確保難など複合的な問題が同時に発生している。

IEAが備蓄放出で稼ごうとしているのは、この輸送路が再び安定するまでの時間だ。施設復旧と輸送ルート回復がなければ、備蓄放出だけで価格を安定させるには限界がある。

また、この危機は石油だけの問題ではない。中東地域はガスや液化石油ガス(LPG)、石油化学原料の供給源でもあり、原料・輸送コストを通じてガス料金や食品価格(肥料コストを経由して)にまで波及していく。


日本への影響はどう考えるか

ビロル事務局長はオーストラリアでの取材を終えたのち、日本を訪問する予定とされている。日本もIEA加盟国であり、3月11日の協調放出に参加している。

日本は原油の中東依存度が高く、LPGや石油化学の原料調達でも中東との結びつきが強い。供給障害が長引けば、エネルギー関連コストの上昇が製造業や物流、家計にじわじわと広がっていく可能性がある。政府がすでに補助金や備蓄放出で対応しているのも、この波及を和らげるためだ。

ただし、IEAの追加放出示唆が即座にガソリン価格を下げるとは限らない。市場は備蓄の量だけでなく、輸送路の回復見通しや戦闘の長期化リスクも同時に値踏みしているからだ。


まとめると

  • IEAのビロル事務局長は、今回の供給危機を「1970年代の2度の石油ショックを合わせた量より深刻」と位置づけ、追加の備蓄放出を辞さない姿勢を示した
  • 3月11日の4億バレル放出は過去最大だが、単純計算では日量1100万バレル級の供給障害が続く場合、数週間から1か月強の緩衝材にとどまる可能性がある
  • IEAは備蓄放出を「一時しのぎ」と位置づけており、ホルムズ海峡の輸送回復なしには根本解決にならないという認識を示している
  • 影響は石油にとどまらず、ガス・LPG・石油化学・肥料など原料・輸送コストを通じて複合的に広がるリスクがある

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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