ホルムズ海峡の問題はこれまで、原油やLNGの価格に与える影響として語られることが多かった。しかし今、その問題は別の顔を見せ始めている。ペルシャ湾内に取り残された約2万人の民間船員——この「海の人道問題」が、国際機関を動かしている。
国連の専門機関である国際海事機関(IMO)は3月19日、ホルムズ海峡の通航が大きく制約される中でペルシャ湾内に約2万人の船員が取り残されているとして、安全に退避させるための計画策定に取り組むと発表した。退避のための「人道回廊」の設置に向けた交渉を直ちに開始する用意があるとしている。
「価格問題」から「人命問題」へ
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ幅約50キロの海峡で、サウジアラビア、UAE、クウェート、イラク、カタールなど湾岸の産油・産ガス国にとって最大の海上輸出ルートだ。米エネルギー情報局(EIA)によれば、2024年には世界の石油消費量の約2割、世界のLNG(液化天然ガス)貿易の約2割がこの海峡を通過しており、世界で最も重要なエネルギー輸送の「チョークポイント(隘路)」の一つとされてきた。
イラン情勢の悪化によってこの海峡での商船の移動が大きく滞り、まずエネルギー市場への影響が懸念されてきた。しかし今、それ以上に緊急の問題が浮上している。ロイター通信によれば、約2,000隻の商船に乗る約2万人の船員が、海峡の内側——つまりペルシャ湾の中——に取り残されているとされる。
ロイター通信によれば、2月28日以降に少なくとも17件の船舶への攻撃・事故事案が発生しており、少なくとも7人の船員が死亡している。IMOのドミンゲス事務局長は、残された船員たちが「高い危険と強い精神的負担の下に置かれている」とし、状況は「受け入れられず、持続不可能だ」と述べた。
IMOが動いた——「人道回廊」とは何か
IMOは3月18〜19日にロンドンで臨時理事会を開き、中東情勢が船舶と船員に与える影響を協議した。その結果、「立往生しているすべての船舶と船員を退避させるための人道回廊を設置する交渉に直ちに着手する用意がある」と発表した。
「人道回廊」とは、本来は紛争地で民間人や支援物資を安全に移動させるための経路を指す言葉だ。今回は商業航路としてではなく、危険地帯に取り残された船員を安全に退避させるための「最低限の人命保護のためのルート」として構想されている。
退避の枠組み案は、バーレーン、日本、パナマ、シンガポール、UAE(アラブ首長国連邦)が共同で提出し、米国が支持したとロイター通信は報じている。日本が提案国の一つとして名を連ねている点は注目される。
ただし、この計画が実際に動くかどうかは現時点では不透明だ。IMOはあくまで国連の専門機関であり、軍事組織ではない。自ら海峡を開く力はなく、できるのは関係国や海運業界、他の国連機関を束ねてルール作りと調整を進めることだ。そして最大の障壁として、回廊設置にはイランの協力が不可欠だが、イラン側が応じるかは現時点で明らかになっていない。
「止まる」だけでなく「出られない」問題
今回の事態が通常のエネルギー価格問題と異なるのは、船舶が「通れない」だけでなく、「出られない」状況になっている点だ。
通常の航路問題であれば、新たな船を送るのを止めれば影響は広がりにくい。しかし今回は、すでに湾内にいる船舶がそこから抜け出せない状態にある。しかも、戦闘が続く中での滞在は船員の生命リスクを直接高める。
エネルギー輸送の遅延や停止は、原油・LNG価格の上昇を通じて日本を含む各国の電気代や燃料費に波及するという側面があるが、そこに「2万人の民間人が危険な海域に閉じ込められている」という問題が重なっている。
ホルムズ海峡は日本にとって何か
日本にとって、ホルムズ海峡は「遠い中東のニュース」ではない。EIAによれば、2024年にホルムズ海峡を通過した原油・コンデンセートの84%、LNGの83%はアジア向けだった。その主要な仕向け先の一つが日本だ。
日本は今回のIMO退避計画の提案国の一つでもあり、また日欧共同声明でもホルムズ海峡の通航制約を国際法上の問題として非難する立場を表明している。日本はエネルギー調達と海上安全の両面で強い利害関係を持つ。
今後の焦点
現時点での焦点は、次の3点に集約される。
人道回廊はいつ、どう実現するか:IMOが提案した枠組みには米国の支持もあるが、イランの協力なしには実現しない。外交交渉がどう進むかが最初の関門だ。
取り残された船員の安全がどうなるか:すでに7人が死亡しており、状況は深刻だ。退避が遅れるほど、船員へのリスクは高まる。
海峡の通航再開に向けた見通し:人道回廊は「退避ルート」であり、通常の商業航路の再開とは別の問題だ。エネルギー輸送の正常化は、より大きな外交・軍事的解決なしには難しいとみられる。
ホルムズ海峡をめぐる問題は、エネルギー価格・物流コスト・国際安全保障・そして今や船員の人命という、複数の層が重なる複合的な課題に発展している。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

