裁量労働制の見直し、労使が真っ向対立──柔軟な働き方の拡大か、長時間労働リスクへの懸念か

高市首相が見直しを宣言した「裁量労働制」をめぐり、企業側と労働者側の意見が真っ向から対立している。2026年3月13日、厚生労働省の労働政策審議会・労働条件分科会で、首相の見直し表明後、労使が改めて意見を交わした。企業側が制度の拡充を求めた一方、労働者側からは「まず適正運用が先だ」と反対する声が相次いだ。

この議論、「働き方の自由度が上がりそう」とぼんやり聞こえるかもしれないが、実態はかなり複雑だ。制度の中身を知ると、なぜここまで意見が割れるのかがよく分かる。


目次

そもそも「裁量労働制」とは何か

裁量労働制とは、実際の労働時間ではなく、あらかじめ定めた時間を働いたものとみなす制度だ。一般的な残業計算とは異なる仕組みで、深夜・休日労働などは別途扱いがある。業務の遂行手段や時間配分を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務を対象とした制度で、使用者が細かく時間を管理することが難しい職種を想定している。

なぜこんな制度があるのか。研究職やシステム設計など、「何時から何時まで作業する」と一律に決めにくい仕事では、時間で管理するより本人の裁量に委ねた方が実態に合う、という考え方からだ。

現在は大きく2種類がある。研究開発やコンサルタントなど法律で定められた専門的な業務を対象とする「専門業務型」と、企業の経営に関する企画・調査・分析などを対象とする「企画業務型」だ。ホワイトカラー全般に適用されるわけではなく、適用には細かい要件がある。


高市首相が「見直し」を表明した背景

今年2月20日、高市首相は施政方針演説で「働く方々のお声を踏まえ、裁量労働制の見直しを進める」と明言した。政府の説明によれば、副業・兼業の促進やテレワークの拡大とともに「柔軟な働き方」を後押しする成長戦略の一環だという。

企業側、とりわけ経団連は、裁量労働制の拡充を重要課題として訴えてきた。少子高齢化で働き手が減るなか、成果や創造性を重視する仕事では「時間で一律管理する」より「役割と成果で評価する」仕組みが必要だ、という主張だ。制度を悪用しないよう、長時間労働の防止策とセットで拡充を進めるべきだとしている。


なぜ労働者側は強く反発するのか

これに対し、労働者側の委員は今回の審議会で「見直しに反対」を明確に表明した。連合(日本労働組合総連合会)は制度の拡充に反対し、全労連(全国労働組合総連合)はさらに踏み込んで「廃止すべき」と主張している。

反対の核心は、名前の上では「裁量がある」制度でも、現実には裁量がないまま適用されているケースがあるという問題だ。「自分で業務量と時間の配分を決められない状態で裁量労働制が適用されれば、残業代が出ないまま長時間働かされるリスクがある」という懸念で、労働者側にとってはリスクの大きい制度なのだ。

さらに、制度を適用された人は長時間労働になりやすいという調査結果も繰り返し指摘されており、「まず現行制度の適正な運用を徹底することが先」というのが労働者側の一貫した立場だ。


アンケート結果が示す「もう一つの争点」

今回の審議会では、厚労省が実施した「働き方の実態調査」の結果も報告された。労働時間について「増やしたい」と答えた人は10.5%にとどまり、「このままで良い」が59.5%、「減らしたい」が30.0%だった。

高市首相は「働く方々のお声を踏まえて」見直しを進めると説明しているが、この調査を見る限り、制度拡大を求める明確な声が多数を占めているとは言いにくい。しかも、労働時間を「増やしたい」理由の最多は「たくさん稼ぎたいから」(41.6%)であり、裁量の拡大への期待というより、収入面の事情がにじむ内容だ。

企業側の委員はこの結果を「労働者のニーズは多様化している」と解釈した。一方、労働者側の委員は「働き方改革の定着を裏付ける結果で、規制緩和を進める根拠にはならない」と真逆の読み方を示した。同じデータをどう解釈するかが、今後の議論の焦点になりそうだ。


制度は2024年にすでに強化されている

注意しておきたいのは、裁量労働制は放置されてきたわけではない、という点だ。2024年4月から、本人の同意を明確化する手続きの義務化や、健康・福祉確保措置の強化などが施行されている。労働者が自分の意思をより反映できるよう、手続き面での見直しはすでに行われている。

今回の議論は、この「2024年改正を受けた現行制度の適正運用」を優先するのか、それとも「さらに踏み込んで対象業務を広げたり制度の柔軟性を高めたりするか」の順番を問うものでもある。


この先どうなるか

今回の審議会はあくまで「意見交換」の初期段階で、制度変更の決定が迫っているわけではない。ただ、首相が施政方針演説で明言した以上、政府として議論を前進させたい意向は明らかだ。

企業側は拡充を求め、労働者側は反対または現状維持を主張する──この対立の構図は、制度設計の技術論だけでなく、柔軟性の拡大が結果として誰の利益になるのかという根本的な問いに関わっている。働く側にとって「自由に働ける」制度になるのか、あるいは「長時間労働のリスクが広がる」制度になるのかは、最終的にどんな中身で制度が設計されるかにかかっている。

今後の審議会での議論が、この問いにどう答えを出していくか、注目が続く。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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